TALKING LIFE

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HIPPY HAPPY NEW Genelation 2018  春 「命の種まき!本格始動!」 18.04.01 06:00pm
 2018年1月19日・20日京都「都雅都雅」よりスタートしたRoots of the「涙河」Caravan 第7弾!

2月山形・中国地方。
3月11日小田原でのきたやまおさむさんとの
「レクチャー&ミュージック」も無事終了しました!
小田原、米沢・尾道・岡山は満員御礼!
大応援ありがとうございます。

 小田原は、その日が丁度、東日本大震災の慰霊の日に重なったことで、本編最後「手と手 手と手」を歌いました。

 久しぶりにステージご一緒させていただいた、きたやまさん。
少しお痩せになったように思え、また喉の調子が悪いとのことでみんなで心配しましたが、本番になるとどんどん声の調子がいつもの「きたやま節」になり思わずニッコリ。
ライブのフィナーレでは「あの素晴しい愛をもう一度」と「涙河」にきたやまさんも参加してくださいました!

 2017年スタートした「涙河」キャラバンは全国60箇所を優に越し旅すれば旅するほど
メキメキ「涙河」の曲の存在が大きくなっているので、きたやまさんと同じステージで

「涙河」を歌わせていただくことは、とても意味深く贅沢で貴重な時間に思えます。
 
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祝!小田原初のきたやまさんとのレクチャー&ミュージック
レクチャー アーカイブ 「悲しみは水に流さず」 

イベント前半は「悲しみは水に流さず」というタイトルのレクチャー。
今回もきたやまさんが研究されている幾つかのお話の中の核心のお話でした。
 日本神話、国産み伝説「イザナギとイザナミ」の物語。
「見たくないものを見てしまった失望。」
その衝撃を洗い流すためのお清め「禊」の話。
このお話は聞くたびに色々な局面を垣間見ることができるから、何度聞いても面白い!

 きたやまさんは、この神話に潜む、行動を元に日本人の根底に流れる気質を事細かに分析されます。

 私が思うに、日本人のキレイ好き、潔癖性のルーツはココなんじゃないかと思うんですが、
なんでもすぐ、キレイに水に流して、清めて忘れちゃう。
根に持たない分、争いも少なく「平和」なのかもしれないけど、悪い事も改めることなく水に流してしまうから
ど〜も「進歩」がない。
一生懸命、良かれと変えようと努力してもがいてもまた元の黙阿弥。
 本当はその「心の震源地」にスポットを当て、もっと深く追求することで、それまでより
「心広い、深い人」になれるのに!

 「これ以上努力しても同じかな〜」と思ったことが、私もこれまで何度もありました。

 こんな感想をきたやまさんとの対談時間にお伝えするべきだったのに、本番では、
そんな感想はほとんど言えずじまい。
来てくれた皆さん、すみません!(汗)情けないな〜。(涙)
 
 また、きたやまさんの話に必ず出てくる「鶴の恩返し」の物語。
よひょうが、おつうの機織りしている姿を「見るな」の約束を破り「見てしまう」話は超有名。

 そこには太古の昔からコンコンと日本人の底辺に流れる道徳、生きる上での「掟」のような教えが謳われている。
「正直がモットー」の日本人のバイブルみたい。
 また、そこには日本人お得意の「臭いものには蓋をする」「見て見ないふりをする」のように
「二つに一つ」を選んで、嫌なことには触れないよう、なかったことにして、事を荒立てず仲良く進んで行く
日本人の「和」の精神の積み重ねを分析。

 「これからは、超高齢化社会で医療の進歩に生かされる人が多いから、いやがおうでも若い頃には想像もして
いなかった老いた姿に出会う。
見たくないものを見てしまうことばかりだろう。

 だからこそ「失望せず、切り捨てず」ダラダラでも前向きに全てを受け入れて、許して、
認めて生きて行こうじゃありませんか!」と。

 日本神話〜今に至るまで日本人の二つに一つを選ぶ精神構造を紐解くやまさんのお話の中に、
超高齢化社会の今をポジティブに幸せに歩むためのヒントが沢山あるな〜と。
「生きる勇気」をいっぱいいただけた有意義なレクチャーでした。

 自分の中でも思いついたことがありました。
 昨年から80年代の楽曲「TRY Again」をよく弾き語りしていますが、その詞の中に
「二つに一つの生き方選んで、歩きたいなら恐るのはやめよう」というくだりがあります。
 あの曲を書いた頃(1986年頃)は、私も「とにかくヒット曲を作れ!」という音楽ビジネスの暗黙の了解に
追い詰められていて、逃げ場をなくしていた頃でした。
だから「とことんやったら、考えよう!」の意気込み、決心が、随分とあの曲に投影されたように思えます。

 でも、その後(87年)残念ながら「これ以上、この環境でやり続けても、この先に自分の思い描く世界はなさそう。
しかも、もう体力的にもタイムリミット!」と一旦動きを止めて、
次のステージへと進むためロンドンで充電期間を取ることにしたのですが、
今では「必ずしも白黒、答えは2つじゃない」と言える自分にも出会えるようになりました。

 勿論、自分は一人しかいないから、決断する時も大切ですけど、でも答えは決して一つじゃない!
 だからこそ、今、若い頃には器用にできなかった分、「表は裏で裏は表!」今はそんな思いで、
全てをなるべく皆さんに伝えてゆくことを心がけ活動していたので、
きたやまさんのレクチャーを聞きつつ「そうそう!」とうなずく所が沢山!

 向かいくる人生の荒波の中、自分の心、精神の持ちようを「柔軟でタフ」にして「いい方向」へ
向けるための「ものの考え方」変に潔癖性で石頭ですぐ「よそ者」扱いして排除する保守的な日本人のためにも、
きたやまさんに沢山の場所でもっともっとレクチャーしてもらいたいな〜って思います。

 これまでは良かったかもしれませんが、オリンピック開催を前に、今まで以上に世界の激流が
日本の国に押し寄せることを思うと、今の日本の成長に、とても必要な大切な「精神力の育て方」を
学ぶことができるからです。

 毎回「きたやまさんとのステージは最後かもしれないな〜」と思ってしまうのですが、
この場を借りて、きたやまさん!是非、また、次回もよろしくお願いいたします!
 
 ・・・という訳で今回の「Taking Life 」はそんな思いから、私の現在の思いの裏表、
喜びと悲しみを両面で伝えさせていただきます。
だから長〜〜い!です。超大作(汗)

 迎えている超高齢化社会を前に、直面してしまった、私にとっては激動の数ヶ月、覚えておかなくては
いけない大切な心の旅だと思思い記録しました。

 病気のお話もいっぱいですので「それは辛いな〜」という方は広島のライブ報告から読んでくださいね。 
では、時を戻し、1月京都のお話から「タイムマシンでGO〜 !」

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「2018年1月19日・20日 京都「都雅都雅」
 TAKAKO ‘s バースデー!!
 
アルバム「涙河」の源流は京都の鴨川!そんなイメージで京都に拘り京都で開催してきたバンドでのライブも
回を重ねて12・13回目となりました。

 京都をキャラバンのハブCITYに足繁く通う中「農業修行」のご縁をいただいた大原の「たんば茶屋」
今回もしっかり前乗りし、師匠のお爺ちゃんに
「今年は種まき頑張りま〜す!」と新年のご挨拶!
 明けて1月19日。生きている限りやってくる誕生日(笑)

 ファンの方から本物そっくりのカワイイ手作りの、まさにデコレーションケーキのプレゼントに超〜ビックリ!
 これは食べられない分「腐らない = 歳をこれ以上とらない!ってこと!?」・・と勝手に納得!

 バンドのみんなからも突然の「ハッピーバースデー」のメロディーと共にバースデーケーキのプレゼント!
「な〜んか嫌な予感がするな〜」(笑)だって36年もやってて、こんなこと初めてなんだモン!・・・(汗)
でも、だからこそ、本当に感激!バンドのみんなありがとう!
 中国地方・山形各地でいただいた名産もしっかりすでに口の中!(笑)私の元気、血となり肉となり。(笑)
感謝感動の旅となりました。

そんなうれしい新年のスタート!

「・・・とお伝えしたかと思えばもう4月!(汗)」

 ここ湘南は桜も開花!春到来!
春の嵐に花粉症も厳しいですが、
 「春」ってやっぱりいいですね〜!

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「一人暮らしの叔母の命が危ない!」

 すでに、今年1月のTalking Life と動画メッセージでもお伝えしましたが、都内で長年一人暮らしだった
私の一回り歳上の叔母が、昨年、11月に入り急激に体調が変化。
駆けつけた時にはすでに会話も難しい状態に陥っていました。

 「このままでは危険!」と叔母を病院へ搬送。

やはり検査入院となり、それ以来は病院と神奈川を行ったり来たり、時には「涙河キャラバン」終了後、
都内へ直行。また次のキャラバンへそのまま行くこともあった、まるでレスキュー隊のような生活になっていました。
 約1ヶ月半後下された検査結果は「認知症とALSの疑い」とのこと。
 「ALS」とは筋萎縮性側索化症という、筋力が衰えてゆく恐ろしい病気で、先日お亡くなりになった、
あのホーキンス博士と同じ病です。叔母はそれに加え認知症も併発していたので、
「話すこと・書くこと・考えること・記憶・テキパキと動くこと・飲む込むこと」全ての力が一気に奪われ、
大変な事態になっていたのです。

 昨年の6月、長野での富沢一誠さんプロデュースのイベントの時には叔母も来ていて、その時は、まだまだ元気でした。

 でも、今思えば、その前兆があったのです。
 というのは長野へ行くことになったのも、
「叔母ちゃん生きてるのかな〜!?」なんて冗談言いつつも心配で、久しぶりに電話をしたら、
 日頃は明るい声で機関銃のようにおしゃべりする叔母なのに
「最近・・・風邪をひいて・・・・声・・・声が出ないの・・。」と受話器の向こうから今にも消えそうな声。
「一人暮らしで、誰ともおしゃべりしないからダメなんじゃない?今度、きたやまさんと加藤登紀子さんも出る
イベントに私も出るから6月長野に来たら?沢山おしゃべりできるし、温泉でも入ってゆっくりした方がいいよ!」
と誘い出した旅だったのです。

 今思えば、叔母と会話ができた最後の家族旅行になってしまいました。

 検査期間中は、介護認定の申請〜立会い、保険の確認やソーシャルワーカーとの話し合い、叔母の身の回りの
ことやら細々待った無しの作業に、アコーステックライブの日程をやりきることがギリギリせいいっぱい。
バンドライブへの準備時間はゼロの状態となり、

 一時は「このままでは来年のライブは開催不可能かもしれない!」という所まで追い込まれてしまいました。
 
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「ALSは治らない!?」 

しかも、現在の医学では「ALS」の治療方法は今のところないという悲しい報告!

 叔母の命の危機を前に その頃の私は、音楽には程遠い普段とは全く違う張り詰めた異次元の空気の中にいました。
「まだまだ、これからが楽しい老後なのに!70歳で終わるなんて早すぎる!」
 何おも寄せ付けない緊張した真空の時間が脳裏を埋め尽くしてゆきます。
 この感覚は以前、経験したことがあることに気づきました。
「そう!あの東日本大震災のあの時の緊迫感と同じ感覚だ」と。
 それまでの穏やかな生活がバッサリと断たれ、全てが止まり終わってしまった。
まるで津波に襲われたような現実。

 人は「命の危機」に関わる状況に追い込まれた時、こんな気持ちになるのだ。
とあらためてあの大震災の日のことを思い出しました。

 せっかく回り出した「涙河キャラバン」
ファンのみんなの期待を思うと「ここでストップしてはいけない!」
と80年代、全てに断念したあの日が心をよぎりました。

 しかも、あの頃の苦しみに比べたら、今の私の未来への道は閉ざされることなく前へと続いている!
 「両方とも中途半端なことになりはしないだろうか?」と悩まなかったと言ったら嘘になりますが、
でも、「今、やらなくてはいけないことをあるがままにやればいいんだ!そう思い直し
「叔母のことと共に、やっぱりライブを中止せず、やるだけやってみよう!」・・・と決断!

 バンドの皆に今の事態を伝え、譜面やら音源の準備やら、なんやかんやと沢山手助けしてもらい、
どうにかリハーサルに滑り込みセーフ!断念することなく京都へとたどり着くことができました!
 
その緊張のトンネルをくぐり抜けるように辿り着いた京都。 
いつものように駆けつけてくれたファンの皆さんの笑顔と声援。
どれほどありがたく心に染み入ったことでしょう!
 それこそ、みんなの力が、私をまたステージへとレスキューしてくれたと思えるほどにうれしい、
手を合わせる思いの新年の京都でした!
 
「叔母とは81年、デビューの時、二人で神奈川県の実家を出て都内で共同生活をスタートした
姉のような存在でした。」
 昨年末、叔母の難病発症に直面した当初は「世の中にこんな病があっていいのだろうか!?」
とショックが大きくて、とにかく「ずっと側にいてあげなくては!」という思いだけで、
音楽のことを考える余白はどこにもありませんでした。

思えば、叔母とは81年私がデビューした時、都内のマンションで共同生活をスタートさせた、
いわば姉のような存在で、私の行く末を心配してくれて一緒に神奈川県の実家を出てくれた、
私のことを妹のように大切にしてくれた人でした。

 彼女は高校生の時には両親を失くしていたので、人一倍自立心の高い人で保守的なので、
意見の違いでよく喧嘩もしたけど、でも苦しい時を助けてくれた私の恩人です。

 だからこそ、私が介護するのはあたりまえだと思っていますが、
でも「ALS」という診断が出たあたりから、徐々に「家族だけで、とても看病できる病気ではない」と
認識するようになり、ならば少しでもこれまでの都内の暮らしと同じような環境で余生を安静に生きることの
できる場所を探してあげたい!と「高級高齢者施設からホスピスまで」何十箇所と探しました。

 先にも書きましたが、今の医学では「ALS」は治らない、特効薬もないそうで、いわば「現代医学」では
治せないお手上げな事態に、治療することもなく、ただ施設が見つからないという言う理由で病院に
いさせるのはあまりにもかわいそう!だと思う一念でした。

 でも認知症を受け入れる施設は多いのですが、ALSを受け入れてくれる施設が少ないことがわかり施設探しは
難航しました。
 でも、お陰様で年明け、やっと叔母も安心して暮らしてくれそうな施設に辿りつくことができました。
 
 「医療」と「介護施設」の間を支える「避難施設」のシステムがあればいいのに!と。
 今、あの頃をを振り返ると「検査結果」が出た時から「介護施設」の入居を待つ時間が一番かわいそうな時間でした。

 「医療」と「介護施設」の間を支える「避難介護施設」のシステムがあればいいのに!と何度思ったことでしょう。
 日本には、治療する余地の無くなった人を、即、介護する方法に切り変えるシステムがない。
「介護申請」にも2ヶ月以上の時間がかかり、その間、一番助けて欲しい患者が一番苦しい思いをするのが
「どうしてなの?」と。
ここにも日本の2局性が現れているんじゃないのかな〜と思ったり。

 病院と介護施設の間に立たされ苦しんでいる人が沢山いることを以前から聞いていたので、
まさに「これか!」とわかりました。

 この15年間リュウマチの痛みと戦い、3年前にはパーキンソン病になってしまった母の介護で、
それでなくても難病を患った人や取り巻く家族もなんと大変なのだろう!という日々を経験していましたが、
さらなる叔母の事態に日本はこれからどうなってしまうのだろう?と不安になりました。
 
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「窓辺の数だけ涙がある」

 叔母の元へと通い続けた都内の大病院。入り口はホテルのロビーのように豪華で、広々した会計のエリアの左奥に、
診療内容別に待合室があり、朝早くから診察を待ち並ぶ人がすし詰めに並んでいます。
 「・・・・ これはなんという風景だろう!?」
 
 夕暮れ時、面会時間ギリギリに滑り込むように病院へ行けば、私と同じように、
後から後から訪れる家族が次から次へと通用口へ。

 愛する人の元へとみんな足早にエレベーターを登ってゆきます。
 「脳神経外科」のフロア。窓に面してビッシリと何部屋もある病室には寝たきりの患者さんがいっぱい。
 年末のクリスマスイルミネーション輝く賑やかな大都会。

そのど真ん中で 脳の病と闘い、苦しみながら生きている人達がこんなにも沢山いるんだ!
思わず瞳を閉じて深呼吸しなくては、自分まで病気になってしまいそうな気持ちになりました。

 この頃、叔母の病室へ通うたび、窓の外を遠く眺める叔母の背中によく出会いました。
 「元気に明るく名前を呼ぼう!と勢いよくドアを開けるのですが、そんな思いを跳ね除けるかのような、
空気の止まった病室に小さな背中。
 
 「こんな風に、叔母のように沈む思いで、どれだけの人達がこの東京の空を眺めているのだろう?!」
 病室の窓際に佇む叔母の背中ごし、まるで樹海のように広がる高層ビル、星の数ほどある窓を見て、そう思いました。
 
 叔母の元へ通うことで目の当たりにした都会の大病院の現実は、私にとって大変大きな出来事でした。
 経済成長の裏に生まれる痛みを見るようです。
叔母も80年代高度経済成長の真っ只中、外資系の花形社員として働きに働いた人でした。
 また、これまで「息を吸うこと、食事を噛み、飲み込むこと」も普通のことだと思っていたけど、
みんな「特技」で、全ての力は「決して当たり前ではない」ことを知りました。
「生きる」ということは「優れた機能」ありとあらゆる技能を失ってゆくことなのかもしれない!と。

 また、次から次へと止まることなく来る患者さんの苦しみを、来る日も来る日も、どんな凄い事体も
普通に平常心で向き合っている医師や看護師さん。凄すぎる。尋常な仕事じゃない。
 みんなみんな、ギリギリの中で生きている!リアルな「今」に放り込まれ、心痛みました。

 あれから3ヶ月。
今では叔母の手足は細くなり、首を上げることも、瞼を上げる筋力も衰え、日に日にALSの症状は進んでいます。
でも、小さく切った食事を、むせながらも頑張って食べている姿は、彼女のせいいっぱいの全身全霊の力、
彼女の生きる意志を強く感じる瞬間でもあります。

 その貴重な時間を共にする中、徐々に私の中に新しい気持ちが芽生えてきました。
 「毎日、元気を与えられている自分だからこそ、叔母の分も、母の分も、そして難病と闘っている多くの皆さん
の分も頑張ってRoots Of The「涙河」キャラバンを続行して「歌」という「心の栄養」を皆に届けに行こう!」と。

 そして2月、そんな覚悟を胸に再び山形県と中国地方キャラバンに出発することができました。
 
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「ずっと一緒に生きていた!」

 叔母を施設の皆さんにお願いし、向かう東北。
これまでとは確実に違う意識。「歌う」という自分の天職に向かう道がこれまで以上にありがたく感じたことはありませんでした。

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2月16日山形、二回目の「フランクロイドライト」

山形で応援してくれている、イベンターの早坂さんが経営されているライブハウス。
 早坂さんは、昨年より、東北キャラバンでこれまで以上にお世話になっている、小柄だけど、
心のエンジンはターボの楽しい方です。

 ライブ終了後は自然な流れで思わぬ「打ち上げ!?」のパプニング!
そこでお話した女性はかつてアマチュアバンドコンテストのイベントゲストに私が出演した時、
優勝したバンドの人でした。

 80年代は勿論、その後の私のこれまでも見ていてくれて、ライブを本当に喜んでくれました。
NHK総合の「ひるどき日本列島」で私を久しぶりに見つけた時
「この人はブレてない!タカコが帰ってきた!」と思ったそう。
うれしいな〜。苦労とはいいたくないけど、これまでの道のりが報われるようにうれしい言葉でした。

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2月17日 豪雪地帯の大石田町

フランクロイドライトの早坂さんのご紹介で、昨年「大石田」の皆さんにお会いする機会をいただいていました。

大石田も日本各地が抱えている「過疎化〜少子化」が深刻で、年々、人口が減っているそう。
また、2月の豪雪の時期が大石田の皆さんにとって一番辛く寂しい時期、とのことで、若い人達もその寒さが嫌で
出て行く人も多いということで、
「だったらその時期にライブをやってぱ〜っとみんなで楽しい時間を作りましょう!
そして大石田のことを全国の皆さんに知ってもらおう!」そんな第一歩を踏み出した夜でした。

その日は話に度々聞いていたお約束の吹雪!
 「切りつけるような痛い寒さ」は身の危険を感じてしまうほどです。

「本当にこんな凄い雪の時に来てくれるのかな〜?」と心配でしたが、町の皆さんは
「全〜然、大丈夫!みんなきっと喜んで来ますよ!」と。

 それでも私は会場への道のりも含め、心配してしまいましたが、本番はスタッフの皆さんが言ったとうり、
できたてホヤホヤ・ピカピカの交流センター「虹のプラザ」に、みんな長靴で集まってくれました!

 町の皆さん!豪雪と戦う大変な日々の中ありがとうございました!
 
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18日は米沢の「リストランテ喜右エ門」でのライブ。

オーナーシェフ我妻さんは10代の頃から大ファンでいてくれて、特に2枚組アルバム「コズミックチャイルド」の
中の「Good Wishes」に大影響を受け、そのメッセージを大切に自分で野菜を育てレストランをやっている方。

 そのオーナーシェフの我妻さんの周りでテキパキと動いてくれる皆は、な〜んと前回の米沢ライブの時に
会場で初めて知り合ったというファンの皆だと聞きさらにビ〜ックリ!まさに手作りの会場。

 本当にうれしい!我妻さんのお子さんも天使のようで、まるで「コズミックチャイルド」の歌が現実に
なったような1日でした。

 ずっと離れていたけど、実は、ずっとずっとファンのみんなと長い時代を共に歩んでいたんだな〜!
と感無量な思いになりました。

盛り上がるライブの暖かな空気。そして窓の向こうは明るい吹雪の昼下がり。(動画を見てね!)
 「叔母や母にも見せてあげたい!」会場に入りきれないほどに大集合の町の皆さんの素敵な笑顔にそう思いました。

 また、高畠ワイナリーの社長ご夫妻も駆けつけてくださり、ご馳走様で〜す!ワインのプレゼント!(汗)うれしいな〜。
お忙しい中、ありがとうございました!

 神奈川県に戻り、旅の準備と叔母の元への時間はあっと言う間に過ぎ、3日後の2月21日京都の大原の畑へ直行!
「たんば茶屋」の田口爺〜とお婆ちゃんにご挨拶。

 昨年植えた「菜の花」も少し大きくなっていてうれしいな〜。
「これ、食べても美味しいのに、家のもんは誰も食べへん!」とお爺ちゃん(笑)
 今頃はきっと綺麗な黄色い菜の花が咲いている頃だと思います。

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「2月23日ブルーライブ広島より中国キャラバンスタート!」

 毎回親子で参加してくれる方。一人で来てくれる人。いつもの顔ぶれ、江田島の皆さんも大集合の夜。
 昨年から始まった江田島での「ピースイベント」への思いを、しっかり伝えることができて良かった!
 最後はみんなで「Foolosh War !」 

地元若者ミュージシャン、フリーフェイスのトム君、ラブラソッソのウェイブ君とモコちゃん。
江田島の海上自衛隊の教官も特別参加でジャンベを並べて「愛と平和」への思いをみんなでコンコンと奏でる夜、
広島でした!

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「2月24日尾道 Johe&Barger Café 」

 オーナーの方が本当に音楽好きとわかるこだわりが随所に溢れる、ステージの背後にかわいいパテォ風の
庭のある海沿いのハンバーガーの美味しいお店。こんな感じ好きだな〜。

 クレイジーボーイズ代表、ホンチもギターは勿論、トークもスイッチ入りまくり炸裂で思わず大爆笑!
歌うことを忘れてしまうほどに(汗)ライブはハイテンション!

 最後はやはり江田島のピースコンサートの思いを伝え、前回、尾道キャンペーンの時にお世話になった、
ケーブルテレビの大池さん(な〜んと、確か同じレコード会社だった?東南西北のドラムの方でした!)が
飛び入り参加してくれて、広島のトム君と一緒にジャンベを叩いてくれました!懐かしいな〜うれしいな〜。

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「2月25日岡山 城下公会堂」

公会堂と言っても、レトロなビルの1階にあるオシャレなカフェ。
岡山もキャラバン2回目にして満員の皆さんに感謝!
 30年ぶりに会いに来てくれる皆さんの熱いメッセージにホロリ(涙)。
四国から、関西から参加の人も!凄いな〜。

 各地「涙河」てぬぐいを握りしめ駆けつけてくれるみんなは筋金入り!拍手喝さい!
 今回も楽器堂の舟尾さんが、前回同様、駆けつけてくれてジャンベを叩いてくれました!
(おまけに、只今、お店でもジャンベを販売中です!詳しくはネットでお問い合わせください!)
 各地、地元の皆さん、大変お世話になりました!

 2018年ももう4月ですが、昨年末より、突然の叔母の命の危機に直面したことで、昨年からお伝えしていた
「種まき」がさらに私の中で大きくなり「命の種まき」という思いに至りました。
 
 今回、ダイヤリーも、私の今の思いを、どうお伝えしたらいいものかと悩み、リリースまでに時間を要し、
また、皆さんに大変ご心配をおかけしてしまいましたが、
 今、私はまた「音楽」という大地を進むことができていることを、ここにお伝えします!

 現在、叔母は誤嚥を防ぐためには「刻み食」でないと危険なのに、なかなか食べてくれないので、
随分と心配する時間が続いていますが、施設の皆さんとミーティングを重ねたおかげで、
むせ込む時は本当にかわいそうですが、以前よりは驚くほどに食べてくれるようになりました。
 まさに一口一口「食べるということは命」に直結しているのだと実感します。
 
 山形県の大石田では厳しい寒さがあるからこそ、育まれる
「ふるさとの味」があることを知りました。夏と冬では気温差がなんと50度だそう!だから、
お蕎麦やお漬物が本当に美味しいんです。
 便利になってゆくことは一見「いいこと」と思いがちだけど、人間力は低下する一方に思えます。
これ以上、私は嫌だな〜(笑)

 厳しい環境だからこそ「考えに考える」「どうしたらこの苦しみを有益に変えられるのか!」と。
そこで生まれる「天の恵を大切にする心」が「知恵」となる。

 便利になってゆくことは「考える」・「育む」という人間の一番大切な特技を失っている。
自ら捨てているとも言えるのだと思います。

 叔母が命がけで私に伝えてくれている「人間本来の特技」をフルに生かして、これからもできるだけ労力を惜しまず、あらゆることに「手作り」の姿勢でやってゆきたいです。
 そして、これから先、さらに誰にも譲れない「平和」という大地を見つめ耕してゆきたいな〜と夢を描いき活動してゆきます!
 
 だって「今夜は今夜しかないのさ!」一度しかない人生ですから! 
 
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「命の種まき」
 
この夏、大石田では「蕎麦」。京都では「京人参」を。
広島の江田島からは「平和の種」を植えて行きます!


 是非皆さん!私と一緒にライブと共に様々な活動に参加してくださいね!
「命の種まき」本格始動!今年もあと9ヶ月!(汗)

まさに人生は「涙河」
 「何がめでたい、九十歳」の著者で有名な佐藤愛子さんのように、ジョーク満載で楽しげに年を重ねる日々を
綴る技も、心のキャパシティーもまだまだ未熟な私ですけど、でも、いずれ楽しく語れる日が来るといいな〜。
そう思うとかなり時間があってうれしいな〜(笑)

 皆さんも日々、大変なことが沢山かと思いますが、また、ライブで笑顔で、みんなでお会いできる日を心待ちにしています。

「Roots Of The 涙河キャラバン」第8弾発表をどうぞお楽しみに!


 2018年4月 吉日        TAKAKO SHIRAI
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